防災備蓄収納のヒント コラム

震災あの日を想う1

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防災士として、防災備蓄収納マスタープランナーとして
講座や講演では、1月17日・・・の出来事を伝えていますが

色々な方に知って頂きたくて
書きます

もっともっと、被害の大きな方や大変な思いをされた方
沢山いらしゃいます

まだ私たちの経験はたいしたことではなかったと思います

でも、防災・減災・備蓄について伝えしている身として
書かせて頂きますね

 

私達家族、神戸市灘区鶴甲という六甲山南斜面の住宅街に住んでいました
下の娘を真ん中にいわゆる川の字で寝ていました

南の窓きわに私が寝て、あの瞬間の直前
枕の下、そして、斜め右手の方から
それはまさに、淡路島方向の方から

ゴーという音で、え!なんの音だろう?と思いながら
夢から覚める感じでした
それは、まさに地鳴りだったんです。

小さな揺れから、大きな揺れになり
思わず娘を守るように覆いかぶさりました

天井から下がる照明器具の豆球が、バチっと音をだして消えました。

静寂の中で、揺れる音と、家の中でガラスが割れていく音

私たちは、大きな重い北海道民芸家具のタンス類の前で寝ていました

偶然にも、揺れの向き、六甲山の固い岩盤のおかげで
家具転倒しませんでした

しかし、長男が一人で寝ている子供部屋では
背が高く軽めのカジュアルな本棚が転倒しました
上半分がガラスの扉が割れました

倒れなかった家具とは違う向きに置いていたことが
家具転倒の違いだと思います

 

 

 

普段の毎夜はその位置に夫が布団をひいて寝てあげていた場所
偶然17日は、子供部屋ではなく和室の方に寝ていたために
事なきを得ました。
いつものように寝ていたら、本棚が転倒して夫の顔面にガラス扉が直撃していたはずでした

 

激しい揺れの中、数分後の余震の中

なんで!

神戸に?

恐怖の中、心の中で呟いていました

 

一人で子供部屋にいる長男には、ガラスが割れているから
歩いたらダメヨと、暗闇の中で叫んでいました

 

しかし案の定、息子は足を少し切ってケガしました
おかげさまで、たいしたことはなかったです
「だから、歩いたらダメって言ったでしょ!!!」と反対に私に怒られたのでした

 

その頃芦屋市打出小槌町の実家でも

数日後の寝室にしている和室の壁紙、畳表替えの準備の為
いつも置いていたタンス類は、他の部屋に移動していた為無事でした
もし移動していなければ、震度7直撃で
父と母の上にタンス類が転倒テレビが飛んできていたと思いました

ところが父はむやみに歩いて
割れたガラスを踏んで、ケガをしたそうです。

さすが祖父と孫は同じ事していたのですね

最近母に聞いたら

ケガをした父は、夜が明けて病院に行ったそうです

でも、病院は大けがをした人達が沢山来ていて
父のケガを診た医者様に、それくらい、『家で絆創膏はっておきなさい!』
と言われたそうです

 

そりゃそうですよね・・・

父は世の中で、自分が大けがしていると思った訳は
周りの状況や情報を全然知らなかったからです

その頃我が家でも、夫のお客様から偶然繋がった電話で
家の門が倒れたとか、壊れたからという連絡がきていました

その時は、それくらいの事とは誰も思わなかったです

 

 

 

 

 

あちこちでビルや阪神高速道路が倒壊しているなんて
だれも、そう神戸の人は神戸で何が起こったのか?どうなっているのか?
知るよしもなかったのです

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